『 義足のスーパーモデル・アスリート「エイミー・ムラン」の写真いろいろ 』( NoTechnoNoLife )
アスリートの肉体は被写体として美しい。それは機能美であり、ある意味では様式美だからだ。コマーシャルにおける要素は単純なものではないが、アスリートやモデルを被写体に選ぶ理由はやはりそこに由来する部分が大きいと思う。
このエイミー・ムランの場合は、更にそこにもうひとつの要素が重なる。それを欠損と呼ぶのか、あるいは付加だと見るのかはわからないけれど、その姿は美しいと思う。
もしかしたらそれは何がしかのアンバランスさから来るものなのかも知れない、とも思う。でもそのアンバランスさは見る人を不安にさせる種類のものではない。
アスリートの肉体は美しい。それは健全なる肉体の体現そのものだからだ。人が走るより速く移動する方法なんていくらでもある。飛行機、電車、車、自転車、乗馬。それでも人は100mを誰が一番速く走れるのかに熱狂する。鍛え上げられた肉体にはそれだけ根源的な美があるよね。
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